DX 日本の現状とコロナ後

DXpower 代表 辻野一郎

1.日本でのDXはどれだけ進んだのか

 DX(デジタルトランスフォーメーション)の入り口となるIoTという言葉が流行り出したのは、2015年頃だったろうか?当時はIoTやデジタルツールの活用事例を探すのに苦労した記憶がある。中小企業で取り組んでいるところは大変少なかったから。

 今は、自社での成功事例から、活用したシステムやソフトウエアを外販する中小企業も多数現れ、彼らが「DX使節」となり、中小企業市場で布教活動を進めてくれるから、中小製造業でも製造プロセス以外のバックオフィスやマーケティングなども含めると随分多くの中小企業が取り組んでいると思われる。※1

 悲観的に見ると、全体の1パーセント程度との声もあるが、私の実感では、デジタルツールの利活用がオイシイ、との理解が進み、キャッシュレス決済やSNSでの販路開拓など比較的簡易な方法でDXスモールスタートに踏み出している企業が増えている。ざっくり(まるッと、と言った方がかっこいい?)言って1割から2割の中小企業がDXの少なくとも入口にはいっていると思う。

 

2.コロナ禍で何がどう変わったか?

1)生活者の行動変容

 コロナ禍で、日本でもひとびとの行動は大きく変わった。私の日常生活で言うと出勤は半分以下、東京出張も減った。負担が減って、企業の旅費負担も減った(ビッグサイトの展示会に寄ったり、友人や顧客と飲んだりする楽しみも減ったが)。このメリットを享受し始めるともう元には戻れない。日頃の出張でも、訪問先から事務所に戻り打ち合わせ。さて、再度身支度を整え、次の行事に行く。この間移動に2時間と言う行動パターンが普通であったところ、すべて自宅からWEB会議とメールで済ませられるようになった。自宅から事務所への移動も含めると4時間近くが節約できる。かつて正味3−4時間の仕事に1日かけていたのはなんだったのだろう?

写真1:ZOOMとSLACKを用い、自宅で打合せに臨む筆者(BGMも)


 次に買い物。私は写真や音楽が好きで、カメラ量販店などにお世話になっているが、以前は、店頭で実物を触り店員さんとよもやま話、美しい新型カメラのカタログを持ち帰っては眺めるなど、お店での探索の時間を楽しんでいるところがあった。
 今はどうか?探すのは、PCやスマホで検索し、ポチるわけで、ポイントを貯めるのも決済もスマホ一台で済み、配達を待ち、受け取り時間も気にせず、宅配ボックスにはいっているのを取り出すだけ。きっかけは、外出や対人接触が憚られるコロナ対応のためだったものが、手間暇が省けるところに味をしめてすっかり当たり前の行動になっている。

 

写真2:スマホでお買物。画面は「SHEIN」※2


 こうした行動変容は、外食からウーバーイーツに、映画館からネットフェリックスに、など、店頭でも対面販売で現金決済から、マゴの写真を封書で送っていたのが、LINEで動画をポン、など、本当にキリがないくらいだ。

 DX推進で、「理屈はわかっても、ひとの行動や習慣は簡単に変えられない」と言われるが、必要に駆られると、何でもできる、できたのである。さて、企業ではどうか。

 

2)企業の硬直性

 反面、企業活動は、個人や社会の行動変容について行っていないのではないか?

 外食チェーンや中小スーパーでも、現金メインで、自グループや系列のキャッシュレス(また、これがあまり使われていない!)に限られるところが未だに存在する。

 コロナが去って、在宅勤務をやめて原則出勤に戻すところも後を絶たない。

 これらは、企業活動全般から見ると小さな要素であるが、低価格を維持し、販売数量、売上高・市場占有率重視の姿勢、こちらも変わっていない。収益を削ってでも、市場戦略を変えない。製品価格の抑制に努める姿勢は立派ではあるが、収益を犠牲にしてコストカットに走るならDXのめざすところとは真逆の方向である。消費者物価より企業物価の上昇の方が著しいのがその証拠である。※3

 サプライチェーンを痛め続けているわけで、海外の需要家には喜ばれているだろうが、これでは成長がない。海外を主なマーケットとする大企業に、むしろこの硬直性が強く残っている気がしてならないが、中小企業は追従せざるを得ない。収益を確保しづらい中小企業はIT投資がしづらい環境に置かれ、むしろDX推進を阻害しかねない。

 

3.DXへのニーズの変質

 このように、マダラ模様ではあるものの、新型コロナウイルス感染症の蔓延により進んだ変化に加え、コロナとは関係なく経済環境の変化が進んできたものもある。ここでは、代表的なもの、次の2点を挙げる。

1)トレーサビリティ確保の要求

 製造・物流・リテール、あらゆる分野で、さらに厳密に要求されるようになってきている。

2)カーボンニュートラル(GX=グリーントランスフォーメーション)の目標達成の要求

 さらっと読み流してしまっている従業員?人を率いる社長のあなた、大丈夫だろうか?

 ウチは、親方大企業で常にシゴトが入ってくる、ウチは3次下請けだから直接関係ない。ウチのような零細個人事業者は、まだまだ関係ない。

 いや、もう、明日にも恐ろしい電話(いや、メール1通で済むから余計怖いのである。)がかかってきて、納品時に検査データを提出してほしい、製品の型番別に1個あたりの温室効果ガスの排出量を明らかにしてほしい。ほしいと言っているが、だいたい、ではだめ。出来なければ、早晩取引してもらえなくなる。そう明言しなくても、おそらく近いうちに注文が来なくなる可能性がある。(高い。)

 つまり、これまでは、競争力を高め、企業発展のためにDXが必要不可欠!と言っても、ニュアンスとしては「やった方が良い」であったはずだ。

 ところが、コロナ禍を経験した現在では、プラスアルファから、企業の生残のための前提となりつつある。

 

デジタルなしでトレーサビリティが確保できますか?

 食品メーカーに原材料の粉製品を納入する企業が、納入先から「異物混入の可能性のある製造ロット」を1週間分、チェックして問題がなかったことを証明せよ、と言われるような場面もあり得ないことではない。が、従来の業務処理では不可能である。健康被害を出してしまってから、連日連夜徹夜で検査書類を探して、LINEを目視チェックしても、製造ラインをツブサに目視チェックしても、特定できるものではない。数週間を要し、その間、まだ原因すらわからないと非難されるわけだが、人力でやっている限りわからないのが当然でもある。

 DXで武装している企業は、こうした昔では無理難題であった要求に対応できる。できない企業とできる企業が存在したら、納入先はどちらを選ぶだろうか?

 幸運にして取引を続けてもらえても、これを繰り返すと信用も収益もボロボロである。それより先に不毛な作業に追われ、叱られる従業員が逃げてしまうかもしれない。

 同じようなことが、温室効果ガス排出量についても言える。大企業が「温室効果ガスのサプライチェーン全体での削減」と、アナウンスしたらこれはいわば「公約」である。デジタルデータを取得・管理していない企業では、いくらエネルギーを消費しガスを排出しているのかがわからない。これでは削減目標の達成どころではない。※4

 このように、DXへの取組みがプラスアルファ、からマスト、になりつつある。
 これは、中小企業のみならず、日本企業すべてにとって、見過ごせない事実である。

 

4.今後、企業活動に求められること

 消費者・社会の行動変容が先行し、企業活動がついて行っていない現状がある。個人の行動は楽な方向に向かうからルールも何もないのだが、企業や組織は従来ルールの中で動いている。ある意味しょうがない面もあるが、海外では、政府や自治体も含め企業や組織がより機敏に社会変化に対応している。

「いつまで従来どおり」やってるねん!(と、大阪人はツッコミを入れたくなる。)

 キャッシュレス、リモート、生産性を下げる様々な制約の解除(メールのPPAP、瑣末な経費支出での厳重な承認ルール=ハンコなど。朱色のハンコを押した帳票を出力してくれるバックオフィス系のシステムが企業ウケしていたりする。)など、市民・社会のニーズに向き合い、企業こそ行動変容に取り組む必要がある。ましてやニーズ変化だけでなく、購買行動が大きく変化しているのである。

「いつまでやってるねん!」

 工場の製造プロセスをはじめ、業務プロセスの効率化も急務である。
 加工データや故障予知など困難な課題解決や、ロボット、AI導入など、大規模かつお金のかかる対応は不要、IoT、DXの本質は、あらゆるものが個体管理(ID化)できることと、管理された個体について、正確なタイムスタンプ(時刻・時系列のデータ。引き算すると加工などの要した時間がわかる。)が残ることである。

 これから、DXに取り組む企業は、仕掛品の個体・ロット管理と装置のオンオフデータだけの情報を集めることをお勧めする。目から鱗、これで、改善すべき課題が「どんだけー」というくらい見えてきて、急激にカイゼンを進めることができる。

 

5.これから

 現状は憂慮するべき状況である。が、解決へのハードルは決して高くない。多くの日本企業、実際に社内で起こっていること、つまり原材料やひと・装置がどう動いているか?マーケットが何を求めているか、カンコツ・経験で、正確には把握できていない。だから努力しても報われない。「はたらけど はたらけど猶(なお) わが生活(くらし) 楽にならざり ぢつと手を見る」である。※5

 啄木が嘆いてから100年後のわれわれが同じような労苦を体験し続ける必要はない。
 機械のオンオフとタイムスタンプ、必要なデータは、まずはこれだけ、それで現状把握ができる。必要なツールは簡単で安価だ。後付けIoTデバイスも使える。スマホでバーコードを読込む簡便なシステムを導入しても良い。現状が見えれば、何もしない経営者はいないであろう。見えた課題を一つずつツブしていけば良い。

 シンプルなデータ取得と現状を知ること、そこから未来が広がってくる。
 これが日本に必要な「DX教」の教えである。
 強く信じるためには、まず世界の状況を知り、彼我の差に気付くことが必要である。

 

出典・参照:

※1中小企のDX動向:株式会社野村総合研究所「令和2年度中小企業のデジタル化に関する調査事業」を引用した2021年版中小企業白書での記述:デジタル化に対する優先度の変化(感染流行後)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2021/chusho/b2_2_1.html

※2「SHEIN」(シーイン)AIを活用したECサイト
https://m.shein.com/

※3企業物価と消費者物価:株式会社第一生命経済研究所「なぜ、消費者物価は企業物価よりも低いのか?」
https://www.dlri.co.jp/report/macro/187079.html

※4地球温暖化対策計画(令和3年10月22日閣議決定)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/keikaku/211022.html

※5石川啄木1886 – 1912作「一握の砂」

※6彼我の差を知る。
 日本のDXは遅れているね、などと客観視するのではなく、海外の成長企業と自社を比べ彼らと闘っていること前提で。

※全般的なDXの進め方に関する参考サイト
DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html

DXレポート2.2(概要)(pdf)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/covid-19_dgc/pdf/002_05_00.pdf

DX SQUARE:独立行政法人情報処理推進機構
https://dx.ipa.go.jp/

DX推進指標:同上
https://dx.ipa.go.jp/tools/dxpi